Kodak PORTRA 400, Pentax 67, smc Takumar 6x7, 75mm F 4.5
神戸旧居留地 2011年
"You’re born, you live and you die. There are no do-overs, no second chances to make things right if you frak‘em up the first time. Not in this life anyway. Like I said, you make your choices and you live with them. And in end you are those choices" (Kendra Shaw in BSG)
... Hi guys, welcome to the SO SAY WE ALL, KD's watch log or a photolog. Here in this site, have a fun with real choice of those, dass heisst, who we were in this very world. Thanks for coming. KD
dimanche 28 août 2011
samedi 27 août 2011
デジタルはaps/cで往くが宜し<2>
(または行動する哲学としての写真撮影に関する私的な考察の2)
それでも。たとえばペンタのフルサイズさえ出てくれれば(MZ-D,K-1?)昔のレンズ資産も活用できて、願ったり叶ったりで飛びつくかも、なのですが、影も形も無いものを思ってみても仕方がない、です。ここはもうやはり、デジタル撮像素子はフイルムとは全く別物なのだと割り切って、軽い機体、新しい技術、そして新しい画角のaps/cで往くが宜しいのかと。デジカメ本体と比ぶるに、銘レンズの値落ちは意外に緩やかです。フルサイズ用に準備した予算の余りは(そんなものが有ったとして)レンズ群に当てるのがクレバーってものかとしばらくは思ってみることにして。例えばD3Sに安レンズを喜々として振り回すか、K-5にFA limitedや DA*なんかを揃えて悦に入るか、これはこれで幸せな悩みでもあり。
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閑話休題。私的体験的な画角の話。自己の内面にじっくり向かう、なんていう状況には(歯が浮きそうですが)超広角や超望遠なんてのはちょっと似合わないと、そう思います。夜明け前の森の野生動物や、動きの早い猛禽類の撮影なんかにも、写真表現者として無論あこがれても見るのですが、憧れる自分の構造のどうもどこかに無理があり、そもそも連写で写真を撮るスタイルが好きになれず。記録や挑戦ではなく、撮影競技でもなく。ただ、哲学的行為としてのシャシン撮影には67換算で75、105、165の3本がもう全く僕の全ての世界を捉えるに充分かと。自己に向かい、世界に向かう、です。
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35mmならオーソドックスに35,50,80あたりになるのでしょう。高級単焦点 FA31, FA77か。APS/Cなら24, 35, 55なのでDA21, DA*55のラインか。レンズキットの18ー55設定、なるほどなあ(ズームは嫌だなんて言わなければ)ほんとはもうはじめから何も要らないのかと、反省。銀塩とレンズを共用、とか銀塩時代の質感を捨てられないから、aps/cの良さを引き出せていないのかも、というのが正直最近の自分への反省で。プラカメ、プラレンズが粗悪品だった時代の感覚は潔く捨てて、軽くて高性能なaps/c専用設計のレンズで、軽い機体、新しい技術、そして新しい画角で。初心に戻って撮りたい画を撮りに往かねばと。シャシンを撮りに往かねばと。青年よ書を捨てよ、古きも捨てて町へ出よう、ですね。Gott sei Dank.
と云うわけで表題、デジタルはaps/cで往くが宜し、です。
(デジタルはaps/cで往くが宜し、または行動する哲学としての写真撮影に関する私的な考察 了)
と云うわけで表題、デジタルはaps/cで往くが宜し、です。
(デジタルはaps/cで往くが宜し、または行動する哲学としての写真撮影に関する私的な考察 了)
デジタルはaps/cで往くが宜し<1>
(または行動する哲学としての写真撮影に関する私的な考察の1)
本日もso say we allのご訪問有り難うございます。今回は「写真の話」以来、久々の長めの稿ですが「行動する哲学としての写真撮影に関する私的な考察、またはデジタルはaps/cで往くが宜し」のお話です。
さて。僕は大口径の単焦点レンズで67判のシャッターを切る楽しさを見つけてしまったので。露出を絞り、ピントを合わせ、手ぶれなど起こさぬようしっかり構えて幸せな気分で写真を撮り続けていますが、これがなんとも面白く。ポジ善し、モノクロ善し、カラーネガ220もまた善しと、せっせと斜陽フイルム業界のテコ入れを行っています。しかしながら、フイルムもこの先ずっと安定供給されるとはとうてい思えず、先を見据えて(k-xよりも)もう少し本格的なデジイチも使ってみたいなどとも思う昨今で。
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愛すべきベルビア67判のような色と解像度を求めるとなると、これはもう僕にはフルサイズかあるいは中判デジタルしかないのではないかと、身の丈をわきまえず645DかD3Sを夢想してもみますが、ふと我に返るとこれまでをして安値底値の中古銀塩が予算の精一杯、なかなか現実には遙かな高嶺の花です。ですがさて、フルサイズ。
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フルサイズ。画角は(35mm銀塩と)同じ、作りもきっと本格的で、欲しくて欲しくてたまらないのだけれども。かなり高価、ちょっと高すぎです。(往年の銀塩カメラとは異なり)数年で半値以下まで値が落ちるのが普通のデジタル製品にはやはり大枚をはたけず。日進月歩の技術が頻回にフィードバックされる中型機までがやはり市民的中産階級的コンセンサスかなと。あっと云う間に新製品が周回後れになるデジカメ、数十年を経ても古びてみえない銀塩とはどだい完成度が違うのかも知れません。
(続く)
dimanche 21 août 2011
jeudi 18 août 2011
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dimanche 7 août 2011
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la clochette en verre: ふうりん祭り華やかに (2)
mercredi 3 août 2011
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lundi 1 août 2011
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